日本半導体歴史館検索ページ


応用製品

1950年代

1955年8月:日本初のトランジスタラジオ(TR-55)の発売(ソニー)
  重量560g、トランジスタは5石、電源は単3乾電池4本を使用。サイズ(89mm×140mm×
  38.5mm)の小型化に成功し、まったく新しいスタイルのラジオとして世の中に出た。
  トランジスタラジオとして世界初の発売はリジェンシー(米)であったが、商用としては
  国内外で初めての大ヒットとなった。この大ヒットを契機に国内各社も参入し、花形輸出
  商品となった。この成功は、TV,VTR、ウォークマン等の民生品の半導体化へとつなが
  り、日本は民生電子王国となる。また、半導体産業の立ち上がりのきっかけとなった
  垂直統合モデルの先駆的な事例となり、今日にいたっている。

1955年:日本初のトランジスタ式電子計算機を開発(電気試験所)
  通産省工業技術院電気試験所は、日本初のトランジスタ・コンピュータとしてETL Mark
  IIIを1956年に完成。これに力を得て、1957年11月にはMark IV、更に、磁気ドラムの改良
  や、開発されたばかりの磁心記憶装置の採用により演算速度を数十倍に向上させた
  Mark IV Aを完成。主要部品として接合型トランジスタ 470個を使用。
  東京大学のパラメトロン計算機PC-2が出現するまで国産最高の演算速度を誇り、我が国
  での電子計算機の商業化の見通しをつけた。

1958年:トランジスタ式計算機の完成、実用化へ(NEC)
  日本電気は同社初のトランジスタ式計算機NEAC-2201を完成。同機は、電気試験所の
  ETL MARK IVを基本として、構成は計算機本体,コンソールおよび紙テープ穿孔タイプ
  ライタと光電式紙テープ読み取り機の入出力機、磁気ドラムを内部記憶装置からなって
  いる。ゲルマニウム合金型高速トランジスタを回路素子とし,完全に国産部品によって
  製作された点に特長があった。

↑TOPへ



1960年代

1960年:トランジスタ式白黒テレビの発売(ソニー)
  ポータブルテレビに取り組んだソニーは、1960年5月に8型の白黒テレビ「TV8-301」を
  世に出した。 “TV8-301”には、シリコンとゲルマニウムを合わせて、23石のトランジスタ
  と、ダイオードが19個、小型高圧整流用真空管が2個使われている。新たに開発された
  9種類のトランジスタが、水平偏向用や映像出力用、チューナー用などに使われた。

1962年:5インチ型マイクロTV発売、大ヒット(ソニー)
  ソニーは、8型の白黒テレビ「TV8-301」を更に小型、高性能にした5インチのマイクロ
  テレビ「TV5-303」を発売した。「TV5-303」は、1962年10月1日にニューヨークにショー
  ルームを開設し発表した結果、瞬く間にアメリカ中にブームを巻き起こした。

1964年3月:日本初の電子式卓上計算機の発売(シャープ)
  シャープ(当時は早川電機)が1964年3月に発表したわが国最初の電卓CS-10Aは、世界
  で最初のオールトランジスタ型の電卓といわれている。価格は53万5000円と車が買える
  ほど高価なもので、重量も25kgあった。CS-10Aは、トランジスタを530個、ダイオードを
  2300個使用している。

1966年:世界初のIC電卓の開発に成功(シャープ)
  電卓へのIC活用で他社をリードしたのがシャープ。シャープは1964年に開発した最初の
  電卓 CS-10Aを改良し、1966年テンキータイプの電卓CS-20Aを制作し、また、同年
  世界初のバイポーラ型ICを使用した電卓CS-31Aを、翌年MOS型ICを使用したCS-16Aの
  開発に成功する。

1967年:世界初のICラジオの発売(ソニー)
  世界初のIC搭載ラジオICR-100は、トランジスター14個にダイオード4個、抵抗14個の内容
  を持つIC CX-001を採用し、マッチ箱に匹敵するサイズと重量90gの超軽量ボディを実現。
  バッテリーは充電式のニッカド電池対応で、1回14時間の充電により、約6時間の連続
  使用が可能だった。

1969年:業界初のオールトランジスタカラーTVの発売(日立)
  日立製作所が、業界初の19型オールトランジスタカラーテレビCF-570TUの量産に成功。
  以降、全機種トタンジスタ式へ移行することとなった。この19型のオールトランジスタカラー
  テレビは、ブラウン管のヒーターを電源のオフの時に予熱し電源をポンと入れるとパッと
  映像がつくという「ポンパ」というニックネームで当時、大ヒット製品となった。

1969年:世界初の電子式腕時計(アストロン)の発表(セイコー)
  セイコーが世界初のクォーツ式腕時計『アストロン(35SQ)』を発表。腕時計サイズに水晶
  振動子と時計用IC、ステッピングモータを搭載。その性能は、月差±5秒、日差±0.2秒
  (当時機械式時計:日差20秒)の当時では超高精度なものだった。発振回路・分周回路・
  駆動回路は、セラミック基板上に手作業でトランジスタ76個、コンデンサ29個などをハンダ
  付けしてハイブリッドICとして構成されていた。

1969年:世界初のLSI電卓(マイクロコンペットQT-8D)の発売(シャープ)
  シャープは計算機をより小さくかつ安くするため目標をMOS型LSI使った電卓の開発に
  取り組もうとしたが、国内外ICメーカーはシャープの要請に応じようとしなかった。
  その中で、米国Rockwell社のアイストン社長はシャープの提案を受け入れ、3百万のLSIを
  3000万ドルで供給する契約を結び、シャープは1969年世界で最初のLSI電卓QT-8Dを
  製造することに成功した。QT-8Dは大ヒットし、両社に莫大な利益をもたらした。

↑TOPへ



1970年代

1973年:世界初の液晶電卓の発売(シャープ)
  1年半の開発期間を経てシャープは"COS-LCD"タイプの新しい電卓 EL-805 を発売
  する。COSはCrystal-on-Substrate若しくはCalculator -on-Substrate の略で1枚の
  ガラス基板上に、表示、回路、キー接点等全機能を一体化したものであり、当時非常に
  高度な総合技術を必要とした。EL-805は、世界で始めてCOS-LCD を活用することに
  より単3電池一本でなんと100時間も使用することを可能となり爆発的なヒットとなった。

1974年:電子腕時計「カシオトロン」を発売、増産へ(カシオ)
  1974年11月、フルオートカレンダー(大の月・小の月の調整が不要)機能を搭載した
  デジタルウオッチ「カシオトロン」が発売。水晶発振器のパルスをカウントするカウン
  ター、つまり「1秒1秒の足し算を行なっている簡単な加算器」と考え、電卓で培った
  LSI技術を最大限に活用した。

1975年:カラーVTRが各社より、次々に発売(ソニー、日本ビクター)
  ソニーのベータマックス1号機(SL-6300)は、1975年5月10日に発売された。これ以前の
  家庭用VTR規格はいずれも本格的な普及を見なかったが、ベータマックスのヒットにより
  家庭用VTR市場が開拓され、その初期段階では相応のシェアを占めていた。
  日本ビクターは、1976年10月にVHS第1号ビデオデッキ(HR-3300)を発売。
  当時の金額で定価25万6000円。留守番録画のできる時計内蔵の専用取付式タイマーは
  別売1万円で、VHSの録画テープも当初は120分が6000円となっていた。

1975年:マイコンシステム開発のためのトレーニングキットのTK-80発売(NEC)
  NECの半導体事業部が1976年8月3日に販売。高価な端末装置を必要としないという点が
  アマチュアの目に留まり、TK-80は当時ちょっとしたマイコンブームとなり、その後の8ビット
  パソコン(国産では、NECのPC-8000シリーズ、日立のベーシックマスター、シャープの
  MZシリーズなど)に続いていった。CPUは、Intelの8080A互換のNEC製マイクロプロセッサ
  μPD8080A、256バイトROMのμPD454D、1KビットのS-RAM等を使用していた。

1978年:世界初の実用化CCDビデオカメラXC-1を商品化(ソニー)
  ソニーは世界で最初の2チップカラーカメラの商品化を発表した。このXC-1は、全日空の
  スカイビジョン用として、スーパージャンボ“ボーイング747” に搭載され、大きな反響を
  呼んだ。

1979年7月1日:携帯型ステレオカセットプレーヤー ウオ―クマン、大ヒット(ソニー)
  ウォークマン(WALKMAN)は、ソニーが1979年7月1日に発売。所を選ばず、いつでも
  どこでも音楽を聴くことのできる製品の登場は画期的な出来事であり、世界的な大ヒット
  商品として、ヘッドホンステレオの代名詞となるなど社会現象になるほどであった。


↑TOPへ



1980年代

1982年:パソコンの国民機PC-9801の発売(NEC)
  NECのパソコンの主力商品として、全盛期には圧倒的な市場占有率を背景として、
  「国民機」と呼称された時代もあった。初代機「PC-9801」はCPUに16bitのNEC製
  μPD8086 (Intel8086互換)5MHz、割り込みコントローラ等にIntelの8086ファミリチップを
  採用したため、1981年に発売されたIBM PCに似た構成となった。

1982年:世界初のCDプレーヤの発売(ソニー)
  世界初のCDプレーヤー「CDP-101」は、トランジスタやダイオードなど半導体をたくさん
  使っていたD/Aコンバーターを悪戦苦闘の末、1個のICに集約、また信号処理用の約
  500個のICも、わずか3個のLSIに集約することに成功した末の技術の結晶。

1982年:世界初の液晶TVの発売(エプソン)
  1982年、エプソンが世界で初めて液晶ディスプレイ(反射型1.2型)を使用したテレビ付き
  デジタル時計を販売。その後1984年には、TFTカラー液晶(透過型2.1型)を採用した
  ポケットテレビ(商品名:テレビアン)を販売した。

1983年7月15日:家庭用ゲーム機ファミコンの発売(任天堂)
  マルチソフト型家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」を14800円で発売。中央演算装置
  (CPU)は価格の面から8ビットに決定。当時アップルコンピューターに使われていた
  CPU-6502を選択。画像処理用のチップ(PPU)には専用ICをリコーが開発。

1984年:マイクロピエゾ方式プリンター「IP-130K」の発売(セイコーエプソン)
  1984年6月に、ピエゾ素子を用いてインクを押し出す方式(マイクロピエゾ方式)を用いた
  ノンインパクトプリンタとしてエプソンで初めて商品化され、インクジェットプリンタ「IP-130K
  (海外市場ではSQ-2000)」として発売。 印字ヘッドは120μm厚のピエゾ素子を用いた
  ガラスヘッドで、ノズル数は24であった。

1985年:初代ハンディカムCCD-M8の発売(ソニー)
  1985年発売、8ミリビデオの録画専用機「CCD-M8」がハンディカムの第1号機である。
  再生機能を省き、レンズは単焦点、ファインダーも光学式にして小型化を実現した。
  CCDは25万画素のアナログ方式。重量は1.1kg。
  「片手でアクション」をうたい、ビデオカメラ撮影をコンパクトカメラ感覚で扱えるところまで
  層を拡大した。

1986年:世界最小最軽量VHS-Cビデオムービー「GR-C7」の発売(日本ビクター)
  重さ1.3Kgの録画再生可能なビデオカメラ一体型ビデオ。現在のビデオムービー普及
  の火付け役となった。CCDイメージセンサーやVTRメカの小型化などの技術進歩をも
  たらした。

1989年:携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」の発売(任天堂)
  子供にも大人にも、そして世界中で販売された。発売価格は12,800円の低価格。
  単3アルカリ電池4本で35時間使用可能。CPUには、Z80を搭載し、ソフトウェアの供給
  媒体には、ロムカセットを採用している。また、表示画面には、160×144ドットの4階調
  モノクロ液晶(シャープSTN液晶)を備えている。本体サイズは、縦148×横90×厚さ32mm
  で、重さは約220gである。同時発売ソフトは 「スーパーマリオランド」「テニス」「ブロック
  崩し」。(ソフトの値段は2,600円〜と極力抑えられた。)

1989年:パスポートサイズ8mmムービの発売(ソニー)
  「ハンディカム」の愛称で親しまれた8ミリビデオカメラCCD-TR55。790gという超計量化を
  実現し、“パスポートサイズ”のキャッチフレーズは一世を風靡した。最新技術をおしみなく
  投入し、旅行が手軽に記録できる時代を作った。
  ソニーのトランジスタラジオ第1号機TR-55のシリアルナンバーが冠されています。

↑TOPへ



1990年代

1990年:ファミコンの後継機種スーパーファミコンの発売(任天堂)
  型番はSHVC-001(SHVCはSuper Home Video Computerの略)。メーカー希望小売価格
  は25,000円で販売。16ビットCPU 「5A22」は 65C816互換,のカスタム製品、グラフィック
  「S-PPU」、ソニーのDSPによるPCM音源等を搭載し、カタログスペックとしては同時代の
  一線級のものを取り揃えていた。

1990年:GPSカーナビゲーションシステムの発売(マツダ、三菱)
  マツダが三菱電機と共同開発したGPS式カーナビを搭載した「ユーノス・コスモ」を発売。
  民生用のカーナビが登場しはじめた頃には、GPSによる電波航法と自らのセンサー類に
  基づく自律航法が組み合わせられ、さらにCD-ROMに記録された道路地図情報を必要に
  応じて読み出し、自車走行経路の情報と照合する事で、正確に自車位置を特定する
  マップマッチングという方式も取られていた。センサ、マイコン、グラフィック処理用LSIの
  発展で搭載機器が増大していった。尚、GPS方式以前に1981年 ホンダがジャイロ式
  カーナビを発売し、2代目アコードに搭載されている。

1991年4月:ムーバ発売(NTT)、本格的携帯電話の市場投入
  超小型携帯電話「ムーバ」(TZ-804前期)が、松下、NEC、富士通、三菱より1991年4月に
  発売。これより以前はレンガやブロックのように大きくて重たいものであったが、半導体の
  革新的な進歩により、服のポケットに収まるサイズになり、市民の圧倒的な支持を受ける
  ことになった。

1992年:再生専用ポータブルMDプレーヤー「MDウォークマン」の発売(ソニー)
  1992年に初代の「MDウォークマン」が発売。日本では編集のしやすさから一定のシェア
  を獲得することができたが、ミニディスク自体、ソニーオリジナルのATRACという圧縮
  音源を採用しているため、他の規格との互換性がなくワールドワイドでは普及しなかった。
  その後、再生専用のポータブルMDプレーヤーMZ-E10は、「MZ-1」を発売してから10年後
  の2002年11月10日に発売され、価格はオープンプライス。ピックアップメカやモーターを
  新開発したことで、本体厚9.9mm、55g(内蔵電池含む)という業界最小、最軽量を実現
  した。音質面では、MDウォークマンとして初めてデジタルアンプを採用。

1993年:世界発のプラズマディスプレイの商品化(富士通ゼネラル)
  1992年に富士通が世界で初めてプラズマディスプレイを使用したテレビを開発。1993年
  に富士通ゼネラルがプラズマビジョンの名のもとに世界で初めてプラズマディスプレイを
  商品化(21インチサイズ)し、1996年には世界初となる業務用42インチフルカラーPDPを
  開発した。1997年にはパイオニアから50インチのワイド型プラズマテレビが発売され、
  以降パナソニック、日立などが参入し、日本メーカがプラズマテレビを牽引した。

1994年:ハイビジョンTV“HDトリニトロン”の発売(ソニー)
  家庭用36型ワイド画面のハイビジョン映像対応カラーテレビ“HDトリニトロン”カラーテレビ
  KW-3600HD。従来テレビの約2倍の1125本の走査線を採用。高精細な画面を実現した
  次世代テレビ。フルスペックMUSEデコーダーを搭載。業務用ハイビジョン関連機器は
  1984年に販売しているが、生活照度下での高精細と高輝度を両立させた家庭用向け
  とした民生用ハイビジョンテレビ。

1994年:家庭用ゲーム機プレイステーション(PlayStation)の発売(ソニー)
  1994年12月3日に株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)より発売。
  1990年代初頭までワークステーションに搭載されていたMIPSアーキテクチャの32ビット
  RISCCPUR3000を独自にカスタマイズしたものをメインCPUに採用。また3DCGの描画を
  支える数値演算専用LSI (GPU) を別途搭載するなど、当時としては高性能なポリゴンに
  よる3Dグラフィックスを比較的簡単にプログラミングできることが特徴。開発コードネーム
  は「PS-X」。ソフトウェア媒体として採用したCD-ROMは従来の家庭用テレビゲームで
  用いられていたROMカートリッジと比較してデータへのアクセス速度が劣るが、大容量、
  低価格、量産時間の短縮といった利点があり、コンピュータゲームの表現方法から流通
  にまで幅広く影響を与えた。

1995年3月:デジタルカメラQV10の発売、大ヒット(カシオ)
  カシオが「QV-10」を定価¥65,000と当時としては破格の値段で発売されたこの機種は、
  歴史に残る大ヒットモデルとなった。「QV10」をヒットさせたカシオの功績は大きく、ここから
  一般向けのデジカメの発売が相次いだ。

1996年:DVDプレーヤーの発売(ソニー)
  DVD(ディーブイディー、Digital Versatile Disc(デジタルバーサタイルディスク))とは
  デジタルデータの記録媒体である光ディスクの一種であり、家庭用のDVDプレーヤーの
  販売は1996年に開始された。光ディスクは、これまで波長の短い半導体レーザーが
  開発されるごとに、CD、DVD、BDへと大容量化が進みました。ちなみに音楽CDは波長が
  780nm(ナノメートル)、DVDは650nmの赤色レーザーを使っている。2000年にDVD-Video
  再生対応のゲーム機「プレイステーション2」(当初の標準価格は39800円)が発売されて
  からそれまで高価だったDVDプレーヤーの低価格化が進み、DVDソフトの普及が一気に
  進んだ。

1997年:ハイブリッドカーの発売(トヨタ)
  トヨタ自動車がプリウスを1997年10月に発売。パナソニックEVエナジー製ニッケル・
  水素蓄電池を搭載。エンジンを一定の低燃費回転域で動作させ、遊星歯車機構によって
  速度調整と充電をおこない、低速走行時・加速時・電力余剰時に電動モーターを使用する
  動力分割方式ハイブリッドを初めて搭載。
  高耐圧、大電流のパワーエレクトロニクス、マイコンが数多く適用されている。

1999年:iモードのサービス開始(NTTドコモ)
  この年の2月22日、その後のケータイビジネスを大きく飛躍させ、日本人の生活をも大きく
  変革させたiモードサービスがスタートした。最初のモデルは富士通のデジタル・ムーバ
   F501i HYPER 。ケータイ端末で通話のみならず、メールやインターネットにも利用できる
  画期的なケータイ端末として注目を浴びた。

1999年:ネットワークウオークマンの発売(ソニー)
  1999年に初代機種が発表されたソニーのメモリースティックウォークマンは、新開発の
  ATRAC3を唯一の対応コーデックとしていた。メモリースティックウォークマンは後のネット
  ワークウォークマンと呼ばれるようになるが、既存のMP3ファイルとの互換性も良くなく、
  市場からの受入は芳しくなかった。

1999年:世界初のDVDレコーダーの発売(パイオニア)
  1999年12月 にパイオニアが世界初のDVDレコーダー「DVR-1000」を発売。DVD-RW
  方式対応。価格は25万円。 2000年頃 から米国でTiVoやReplayTVといった
  HDDレコーダーが登場し始める。日本ではソニーが2001年に「Clip-On」を発売し、のちに
  「チャンネルサーバー」「Cocoon」という製品にバージョンダウンしたのが特に有名。画像
  信号処理LSI、半導体レーザー等の半導体技術が発展に寄与した。

↑TOPへ



2000年代

2000年:DVD再生機能のある「プレイステーション2(PS2)」の発売(ソニー)
  2000年3月4日にSCEから噂のDVD再生機能とPS用ソフトの互換性を付けて発売。
  圧倒的人気を得た。プレイステーションの後継機として開発され、発売から3日で98万台
  の販売台数を記録。2005年11月には全世界で1億台の生産出荷台数を記録。
  Graphics Synthesizerは、当時としては大容量のDRAMを用いたDRAM混載LSIの先駆け
  的存在であり4MBのDRAMをチップ内に形成している。CPUは128ビット“Emotion
  Engine”294.912MHz (0.25μmプロセス)、メインメモリは32MB(Direct RDRAM)などで
  構成されている。

2001年11月18日:非接触ICカード(Suica等)の利用開始
  2001年11月18日、東日本旅客鉄道が関東圏424駅で日本初の非接触ICカード乗車券
  Suicaの利用を開始。技術的には、ソニーが開発した非接触型ICカード技術である
  「FeliCa」を採用している。

2001年:W-CDMAモバイル各社より発売(NTTドコモ)
  NTTドコモとNokiaやEricssonなどの欧州の携帯電話機器メーカーによる共同開発であり、
  欧米やアジア各国で採用されている。日本ではNTTドコモの「FOMA」、ソフトバンク
  モバイルの「SoftBank 3G」、イー・モバイルで採用されている。採用しているダイレクト
  変換方式(ホモダイン方式)は、ベースバンド帯と無線周波数帯とを直接直交変調、直交
  検波する方式であり、IF段のフィルタが不要になることや、シンセサイザが送受各1個で
  実現できるようになることから、回路の小型化、集積化が容易になった。本技術の採用が
  可能となった理由としては、SiGe-BiCMOSなどのアナログ半導体プロセスの進化がその
  1つであるが、W-CDMAを採用したことでダイレクト受信機の実現が容易になったことも
  関係している。

2001年:Apple 社よりデジタルオーディオプレーヤーi-Pod発売
  最初のiPodはMacintosh専用のデジタルオーディオプレーヤーとして2001年10月24日に
  発売され、「iTunesのライブラリに収めた音楽を外へ持ち出す」というコンセプトで開発され
  ており、「まずiTunesありき」である点が、先行していた他のデジタル音楽プレイヤーとは
  はっきり異なる。iPodの第一世代から第三世代には、心臓部であるCPUとして2つの
  ARM 7TDMI(動作周波数90MHz)が使われた。それに対して、後期モデルは同じ
  バッテリー容量でより長時間駆動させるために、CPU使用率に応じて周波数が動的に
  変化するスピード・チップ(最高周波数80MHz)が使われた。最新の第五世代iPodで
  使用されているCPUは、PortalPlayer社製のPP5021というデジタルプレイヤー向けの
  チップである。

2003年:世界初のブルーレイディスクレコーダーの発売(ソニー)
  ソニーは2003年4月10日に片面1層記録(23.3GB)対応のBDレコーダー「BDZ-S77」を
  発売。405nmの青紫色半導体レーザーと0.1mmのカバー層の光ディスクを使うことで
  レンズのNA値を(0.65から0.85に)上げ、DVDの5倍以上の記録容量(1層25GB、
  2層式ディスクの場合は50GB)を実現している。

2004年:デジタル一眼レフカメラの発売(オリンパス)
  オリンパスから発売されたオリンパス E-330がデジタル一眼レフカメラとして初めて
  フルタイムライブビュー機能を実現した。これまで培ってきた一眼レフカメラ開発の
  ノウハウとイメージセンサーや画像処理技術などデジタル技術の融合が行われデジタル
  一眼レフカメラが開発された。これにより、老舗カメラメーカーが電子機器大手に買収
  されたり、独自のイメージセンサー技術を持つメーカーがクローズアップされるなど、
  戦国時代の様相を呈してきた。イメージセンサーにはパナソニック製の有効750万画素の
  LiveMOSセンサを採用し、さらに光学ファインダー経路にコンパクトデジタルカメラ用の
  1/2.5型500万画素CCDを搭載することで実現した。

2006年:高精細画質のプレステーション3(PS3)の発売(ソニー)
  プレイステーション及びプレイステーション2の後継機として開発された。ライバル機で
  あるXbox 360の発売から1年遅れること2006年11月(日本・北米)と2007年3月(欧州・
  豪州)に発売された。ソニー、パナソニックなどが共同して開発した光ディスク規格である
  ブルーレイディスク、高品質なデータ転送が行えるインタフェースであるHDMIの採用、
  1920×1080の高精細の解像度に対応するなど、世界的な高精細度テレビジョン放送の
  移行に伴う形で進化が図られた。また、プレイステーション3の頭脳的役割を果たす
  Cell Broadband Engine(東芝製)は複数の処理を並列的にこなすことで非常に高速かつ
  高度な処理を行うことが可能となった。

2010年:新タイプのタブレット型コンピュータiPadの発売(Apple)
  iPad(アイパッド)は、Appleによって開発及び販売されているタブレット型コンピュータ。
  アメリカ時間の2010年1月27日、サンフランシスコで開かれた製品発表会で発表された。
  主要部品は、Apple A4プロセッサー(1GHz、ARMアーキテクチャのCPU、PowerVR系の
  GPUを内蔵)。「iPAD」は、富士通が開発した商品の名称であるが、富士通はその商標を
  利用する事をAppleに許可したとされている。

2000年代後半:電気自動車開発競争が激化
  慶應義塾大学の電気自動車研究室が開発したエリーカでは、既に370km/hの最高速と
  4.1秒の0-100km/h加速が達成されており、内燃機関車両に比べシンプルな駆動系で
  高い動力性能が引き出せることを実証している。1990年代以降の電気自動車の性能の
  向上(および量産ハイブリッドカーの登場)には、電源であるバッテリーの性能向上のほか
  にも、電気エネルギーの使用効率を高められるインバータによる可変電圧可変周波数
  制御といった、パワーエレクトロニクスの発達による要素も大きい。以前のものと比べ
  高性能な電気自動車を作れる可能性が出たため、再び電気自動車を見直す動きが
  見られ、開発を宣言する自動車メーカー(富士重工業・三菱自動車工業など)も現れて
  いる。トヨタはハイブリッドカーのバッテリーを大幅に大容量化し、外部からの充電を
  可能とするプラグインハイブリッドを開発中。

↑TOPへ


【最終変更バージョン】
2015/7/6