MOS型で早かった日立

 
写真A 日立製作所最初のMOS型IC「HD700シリーズ」のチップパターン

 
写真B  カシオ計算機が発売した世界初のワンチップLSI化電卓「カシオミニ」

 バイポーラ型と並行してMOS型のIC化が進むが、こちらで先行した国内企業は日立製作所。同社には米RCAグループと並んでMOS型FETの開発者の一人に数えられた大野稔氏(後に日立超LSIエンジニアリング社長)が陣頭に立ってMOS型の開発に取り組み、1963年4月、10月の電気通信学会で成果を発表している。氏はMOSの将来を新聞記者に聞かれて、「バイポーラを米のメシとすれば、MOSはラーメンといったところ」と答えている。当時のMOS技術は信頼性に欠け、西沢潤一東北大教授は、「電子技術」のMOS特集(1969年3月号)で「MOSはローレライの魔女だ」と論じている。
 そんな問題に直面しながらも、日立では66年に第1世代のPチャンネルMOS型IC「HD700シリーズ」を発表している。当時急成長していた電卓用として商用化したもので、加工線幅は15μmだった。写真Aはそのチップパターンである。
 電卓のIC化は、バイポーラ型からMOS型へ、そのMOS型もLSI化へと進むが、1972年にカシオ計算機が発売した「カシオミニ」(写真B)は世界初のワンチップLSI化電卓だった。
そのLSIを最初に供給したのが日立で、間もなくNECがそれに加わる。
 日本のIC産業は電卓需要によって下支えされ、そこが軍需主導の米国市場構造と大きく異なっていた。
 (大野稔氏提供)

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