1970年代後半
リソグラフィー分野でプロジェクションアライナーが登場
〜プロセス技術〜


1970年代後半になると、マスクとウエーハの間にギャップのあるプロキシミティ露光方式では、微細化のトレンドに従った解像度を得ることが困難になってきた。替わって、マスクをレンズまたはミラーでウエーハ上に投影することによってピントの合ったパターンを露光できるプロジェクションアライナーが登場してきた。最初は、マスクと同じ大きさのパターンをウエーハ上に投影する等倍プロジェクションアライナーが実用化された。キヤノンは1970年に日本初の等倍プロジェクションアライナーPPC-1を発売したが2インチウエーハ対応であったことなどから発展せず、1973年にPerkin-Elmer社が発売したMicralignがその後のモデルチェンジを経て1970年代後半になって広く使われるようになった。キヤノンも1979年に5インチウエーハ対応のMPA-500を発売し、1980年代に入ってMPA-600へと発展させて、等倍プロジェクションアライナーの主流となった。

一方更なる微細化に対応するために、縮小投影露光装置が開発され始めた。縮小投影露光装置とは、実寸法の4倍ないしは5倍のマスクを精度良く作り、これをレンズで1/4ないしは1/5に縮小してウエーハ上に投影する装置である。この方式では、一度にウエーハ全面にパターンが投影されないので、一度露光するとウエーハを1歩動かして(Step)隣の位置で再度露光を繰り返す(Repeat)ので、Step and Repeat方式と呼ばれる。この方式の露光装置をステッパー(Stepper)と呼ぶ。最初にステッパーを発売したのはGCA社であるが(1978年 モデル名DSW4800)、日本ではニコンが超LSI技術研究組合に試作機SR-1を納入した。その後ステッパーは1980年代以降の露光装置の主流となっていく。


国産初のプロジェクションアライナー(キヤノン)(1)

【参考文献】
1) キヤノン(株)技術のご紹介
http://web.canon.jp/technology/approach/history/op_tech.html


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【最終変更バージョン】
rev.003 2015/7/6