1966年
政府の産業育成策で超高性能電子計算機研究組合の設立
~業界動向~
1964年、IBMからSystem360が発表された[1]。いわゆるメインフレームと呼ばれる汎用コンピュータであり、始めてIC技術が導入された。それ以前には日本の大手電機も用途に応じて国内向けのトランジスタ化したコンピュータによって先行するIBMを追いかけていたが、通産省(後の経済産業省)はIBMの汎用コンピュータによって日本市場が席巻される事態を危惧し、1966年にNEC、日立、富士通などが参加する超高速電子計算機研究組合をスタートさせた。この組合ではOSやコンピュータ本体とその周辺機器や部品材料など多岐にわたる開発が進められた。その結果、1967年には日立のHITAC8000シリーズ、1968年には富士通のFACOM230-60、NECのNEAC3100などが誕生し、1965年から1970年の5年間に500億円から3000億円に急増した国内コンピュータ市場において国産メインフレームが一定のシェアを確保した。
この研究組合では、1960年代前半の論理回路ICのほとんどが米国製であったため、これらを100%国産化することも主要目標とされた。ここでの論理回路ICの国産化[2]は、1960年代後半の民生用IC生産[3][4]と1970年代に始まるLSI化の技術開発の基盤を強化した[1]。後者においては、1970年代に主流となるNMOSメモリ(1969ISSCC発表)[5]等、コンピューティング技術での先駆となる提案もなされた。
この通産省が行った研究組合の政策は日本の主力となったNMOSメモリ開発を牽引する1970年代のNTTでの超LSI開発プロジェクト、及び超LSI技術研究組合設立につながっていった。民間企業同士の共同開発は米国では独禁法によって禁じられていたが、官主導のこれらの研究組合が日本半導体の競争力を高めたことは疑いない。後に米国も独禁法を見直して、SEMATECH[6]のような民間企業のコンソーシアム設立が可能になった。
【参考文献】
- 日本半導体歴史館 業界動向 1960年代後半 IC産業の本格的始動と日本の動向
https://www.shmj.or.jp/industry-trends/it196006.html - 日本半導体歴史館 パッケージング技術 1971年 超高性能電子計算機研究組合向け36ピン開発
https://www.shmj.or.jp/museum2010/exhibi518.htm - 日本半導体歴史館 集積回路 1960年代中期 電卓用ICの量産開始
https://www.shmj.or.jp/museum2010/exhibi720.htm - 日本半導体歴史館 集積回路 1960年代後半 民生用アナログICの製品化
https://www.shmj.or.jp/museum2010/exhibi706.htm - 日本半導体歴史館 集積回路 1960年代後半 MOSメモリの萌芽
https://www.shmj.or.jp/museum2010/exhibi718.htm - 日本半導体歴史館 業界動向 1987年 SEMATECH(半導体共同開発機構)設立 1987年米国SEMATECH設立
https://www.shmj.or.jp/museum2010/exhibi067.htm
Ver.001: 2026/2/1
